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徳島地方裁判所 昭和58年(行ク)5号 決定

申立人 北谷隆

相手方 徳島刑務所長

代理人 岸本隆男 西口元 片山朝生 曽根田一雄 染田新 金垣健一郎 ほか三名

主文

相手方は、別紙目録記載の各文書を当裁判所に提出せよ。

申立人のその余の申立てを却下する。

理由

第一  前記当事者間の昭和五七年(行ウ)第九号図書削除処分取消請求事件(以下これを「本案事件」といい、同事件で、その適否が争われている、相手方(被告)によつてなされた昭和五七年八月九日付図書削除処分を「本件図書削除処分」という。)について、申立人(原告)がなした各文書提出命令申立て(三件)の趣旨及び理由は、別紙文書提出申立書(一)ないし(三)記載のとおりであり、これに対する相手方(被告)の意見は、別紙意見書記載のとおりである。

第二  当裁判所の判断

一  甲申立てについて

文書提出申立書(一)によれば、本件申立ては適式になされたものと認められる。

本件記録及び本案事件訴訟記録によれば、本案事件は、申立人において、相手方がなした本件図書削除処分は違法であるとして、その取消しを求め、これに対し相手方は、監獄法三一条及び同法施行規則八六条に基づいて発せられた「収容者に閲読させる図書、新聞紙等取扱規程」(昭和四一年一二月一三日矯正甲一三〇七法務大臣訓令)及び「収容者に閲読させる図書、新聞紙等取扱規程の運用について」(昭和四一年一二月二〇日矯正甲一三三〇矯正局長依命通達)に基づき、申立人によつてなされた本件図書購入願いについて審査した結果、その一部が右通達に規定される風俗上問題となることを露骨に描写したものに該当し、かつ、教化上適当なものに該当しないものであるとして、当該部分を削除した(本件図書削除処分)上これを許可したもので、適法であると抗争するものであることが認められる。

ところで、申立人が提出を求める「私本の特別図書扱いの範囲について」及び「私本購入制限について」という各告知文書は、前者は収容者が所持しうる図書の冊数及び閲読期間等に制限を加える趣旨のものであり、後者はいわゆる作業賞与金月額計算高による私本購入制限に関するものであることが、申立人の申立書(一)「文書の趣旨」記載自体から明らかである。

してみると、申立人が提出を申し立てる右各文書は、本件図書削除処分とは法的な関連なく、本案事件の訴訟上の請求と直接的な関連性を欠くものというべきである。したがつて、本件申立ては、その余の点について判断するまでもなく理由がないから、却下を免れない。

二  乙申立てについて

1  文書提出の申立ては、民訴法三一三条所定の事項を明らかにしてなされねばならない。そこでまず、本件申立ての方式の適否について判断する。

(一) 申立人の主張する「証すべき事実」は、文書提出申立書(二)によれば、本件文書が監獄法上の許容基準内のものであり、煽情的で露骨なセツクス写真記事等でないこと、及び、本件文書の一部は無関係な裏ページをも含めて削除されていることの二点であると解される。このうち、後の点については、当事者間に争いがなく、立証の必要がないものと認められる。しかし、前の点については、本案事件の争点であり、本件文書の内容が、当該許容基準に照らして煽情的で露骨なセツクス写真記事であるか否かは、本件文書の内容自体により直接立証しうる具体的事実であり、民訴法三一三条所定の「証すべき事実」に該当するものというべきである。

(二) 申立人は、同申立書(二)において、文書提出義務の原因を、民訴法三一二条所定の事由に則して明らかにはしていない。しかしながら、本件記録によれば、申立人は本件文書を同条一号所定の相手方(本案事件被告)による引用文書として提出を申し立てているものと解されないではなく、相手方も、その意見書によれば、右のように解することを前提として反論しているのであるから、右のように善解しても相手方に訴訟上格別の不利益を与えるわけではない。

本件申立てにおいて、同法三一三条所定のその他の事項は明らかであるから、結局、右申立ては、違法な方式を具備しているものと認められる。

2  そこで、本件文書が、相手方が本案事件において引用した文書に該当するか否かについて検討する。

本案事件において、前記のとおり、相手方は本件図書削除処分をなしたことを認め、当該処分が適法である理由として、削除した本件文書が「煽情的で露骨なセツクス写真記事等により風俗上問題となることを露骨に描写したものに該当するもので、かつ、教化上適当なものにも該当せず、拘禁目的を害し施設の正常な管理運営を阻害する相当の蓋然性を有するもの」と主張し、その内容が煽情的で露骨なセツクス写真記事であること等を自ら積極的に立証しようとする。したがつて、本件文書は相手方において引用した文書に該当することが明らかであり、また、右文書を相手方が所持することは当事者間に争いがない。

なお相手方は、本件文書の提出が命じられると、本件図書削除処分が実質的に取り消されたのと同一の結果となる旨主張する。確かに、本件文書が提出され口頭弁論に顕出されれば、申立人は書証としてその写しの交付を受けることになるとしても、それは民事司法における適正な裁判実現のために必要とされるものである。また、本件文書提出命令によつて、在監者である申立人が、刑務所施設内において本件文書を常時閲読可能な状態で所持することまで許容されるものではなく、当然民事訴訟の追行上必要な限度内での所持に限られねばならないことはいうまでもない。

したがつて、本件文書提出命令により、常に本件図書削除処分が実質的に取り消されるのと同一の結果となるわけのものではなく、またそうなる場合があるとしても、国民の裁判を受ける権利の実現という民事司法制度の運用上やむを得ないところであるというべきであり、所論は採用できない。

また、相手方は、刑務所における矯正施設としての管理運営上の公共の利益が、申立人の性欲の満足という個人的利益を上回る旨主張する。しかし、全法律秩序の中での調和の要請から、一つの公共の利益が自余の利益のために譲歩することを相当とするような合理的理由が存する場合には、右譲歩を承認しなければならない。そして、所論の公共の利益が、日本国憲法によつて保障されている国民の裁判を受ける権利実現の利益のため、それに必要な限度で譲歩せしめられることには、これを相当とする合理的理由があるというべきである。そうすると、所論は、ひつきよう独自の見解であつて採用できない。

3  以上のとおりであるから、本件文書の所持者である被告は、その提出を拒むことができないものというべきであり、本件申立ては理由がある。

三  丙申立てについて

文書提出の申立てに当たつて、提出義務の原因を明らかにしなければならないことは、前述のとおりである(民訴法三一三条五号)。しかるに、申立人は、文書提出申立書(三)によれば、本件申立てにつき、文書提出義務の原因として、相手方の本案事件における答弁に対する反証の必要性を述べるのみであつて、民訴法三一二条所定の該当事由を主張していない。この点につき、本件記録及び本案事件訴訟記録を検討してみても、同申立書(三)記載の各文書が、同条所定の各事由に該当することを明らかにしえない。

したがつて、本件申立ては、適法な申立ての方式を具備せず、その余の点について判断するまでもなく、却下を免れない。

四  よつて、本件各文書提出命令の申立ては、別紙目録記載の各文書(乙申立て分)については理由があるからこれを認容し、その余の文書(甲、丙各申立て分)については失当であるからこれを却下することとし、主文のとおり決定する。

(裁判官 上野利隆 田中観一郎 清水節)

目録

ワニマガジン社発行「アクシヨンカメラ」九月号のうち、

一 セクシーロード一三四     二三、二四頁(一枚)

二 この夏いつきにマリーン・ラブ 六九ないし七二頁(二枚)

三 シヨンキング・シヨツト    七七、七八頁(一枚)

四 発禁図書館(大名遊び)    八一頁(一枚)

五 激セ・花のヌード応援団    八三、八四頁(一枚)

文書提出申立書(一)(甲申立て)

一 文書の表示

1 昭和五五年一二月二九日付「告知」

「私本の特別図書扱いの範囲について」

2 昭和五六年三月一日付「告知」

「私本購入制限について」

二 文書の趣旨

昭和五五年一二月二九日付「告知」文書は、

「私本の特別図書扱いについては従来の範囲を逸脱していたことを是正するため」として、特に「法律書」について、その所持及び閲読期間等に制限を加え、

昭和五六年三月一日付「告知」文書では、

「作業賞与金月額計算高による私本購入制限わくを一部緩和する」として、

従来、一万円以上三千円以内の私本購入ができていたのに、この物価高に逆行して、「二万円以上千円以内」に制限した内容。

三 文書の所持者

徳島市入田町大久二〇〇番地一所在

徳島刑務所長(相手方)

四 証すべき事実

相手方の図書「取扱量が多いため」等の言い逃れに対し、その仕事べらしの事実。

五 文書提出義務の原因

右「告知」(内規文書)は、共に、挙証者と文書の所持者との間の刑務所収容関係に付作成されたもので、その記載内容は、申立人の証拠方法(書証)とするものである。

文書提出申立書(二)(乙申立て)

一 文書の表示

ワニマガジン社発行「アクシヨンカメラ」九月号の内左記該当箇所

(イ) セクシー・ロード134      23 24ページ    一枚

(ロ) この夏いつきにマリーン・ラブ 69 70 71 72ページ 二枚

(ハ) シヨツキング・シヨツト    77 78ページ    一枚

(ニ) 発禁図書館(大名遊び)    81ページ      一枚

(ホ) 激セ・花のヌード応援団    83 84ページ    一枚

計六枚

二 文書の趣旨

セツクス写真記事等

三 文書の所持者

徳島市入田町大久二〇〇番地一所在

徳島刑務所長(相手方)

四 証すべき事実

本件図書削除処分により削除された右六枚は、監獄法上の「許容基準」のものばかりで、「煽情的で露骨なセツクス写真記事等」ではなく、(ロ)の七二ページ、(ハ)の七八ページは、一ページ丸ごとの裏ページ削除処分であるとの事実。

五 文書提出義務の原因

本案事件の請求原因事実に対し、相手方(被告)がそれを争う以上、当事者双方にとつて唯一の証拠でもあるその六枚を裁判所に提出し、その対象範囲及び程度などをチエツクしてもらう必要がある。

文書提出申立書(三)(丙申立て)

一 文書の表示

1 「ワールド映画」昭和五六年八月号(近代映画社)

2 「逆うらみの人生」丸山友岐子著(社会思想社)

二 文書の所持者

徳島市入田町大久二〇〇番地一所在

徳島刑務所長(相手方)

三 文書の趣旨

「ワールド映画」は、洋ものポルノ映画のスチール写真及びそのストーリーで、他に、ヌードグラビア写真等。

「逆うらみの人生」は、在日朝鮮人死刑囚の生きざまを、女性弁護士の公平な目でつづつたもの。

四 証すべき事実

閲読不許可本続出の事実。

五 文書提出義務の原因

相手方が本案事件で「取扱量が多いため、すべて抹消方法をとることは事務上困難である」等と答弁していることに対し、申立人はそれに反証する必要がある。

意見書

第一意見の趣旨

本件各文書提出命令の申立てをいずれも却下する。

との裁判を求める。

第二意見の理由

一 甲申立てについて

1 申立人は、昭和五五年一二月二九日付け告知「私本の特別図書扱いの範囲について」及び同五六年三月一日付け告知「私本購入制限について」の提出命令を申し立て、証すべき事実として、申立書に「相手方の図書「取扱い量が多いため」等の言い逃れに対し、その仕事べらしの事実。」と掲記している。しかし、「その仕事べらしの事実」とはいかなる意味か、またそれがどうしたというのか全く不明で、本案事件の訴訟上の請求とどのような関連性があるというのか明確ではない。

したがつて、申立人は、文書提出の義務の原因について、申立書に「挙証者と文書の所持者との間の刑務所収容関係に付作成されたもので……」と記載してはいるが、その点については論ずるまでもなく、本件右文書提出命令の申立ては、その方式を具備しない不適法なものというべきである。

2 仮に、本件文書提出命令の申立ての方式自体は適式であるとしても、右申立てに係る文書は、本件の訴訟上の請求とは何らの関連性もないからその必要性を欠き、いずれとするも本件文書提出命令の申立ては、却下を免れないというべきである。

二 乙申立てについて

1 本件文書提出命令の申立ては、次に述べるとおり、民事訴訟法(以下「民訴法」という。)三一三条所定の文書提出命令申立ての方式を欠く不適法な申立てである。

民訴法三一三条によれば、文書提出命令の申立ては、文書の表示、文書の趣旨、文書の所持者、証すべき事実及び文書提出の義務の原因、の各事項を明らかにしてなすことを要するものとされている。

ところが、申立人は、本件文書提出命令の申立てをなすについて、一応、右法条の各事項を羅列しているものの、証すべき事実及び文書提出の原因については、何らその事項を明らかにはしていない。すなわち、

(一) 申立人は、証すべき事実として、申立書(一)に「本件図書削除処分により削除された六枚は、監獄法上の「許容基準」のものばかりで、「煽情的で露骨なセツクス写真記事等」でなく、(ロ)の七二ページ、(ハ)の七八ページ、丸ごとの裏ページ削除処分である事実。」と記載している。

しかし、監獄法上の許可基準に該当するか否かは、本案事件で判断されるべき主命題そのものであつて、いかなる意味においても、民訴法三一三条四号にいう証すべき事実すなわち、証拠によつて証明すべき具体的事実たり得ないものであるというべきである(東京高裁昭和四七年五月二二日決定・高裁民集二五巻三号九ページ参照)。

また、「(ロ)の七二ページ、(ハ)の七八ページ」うんぬんが、ここにいう証すべき事実たり得ないことは、多言を要しないところである。

(二) 文書提出命令の申立てをするについては民訴法三一二条各号のいずれの文書提出義務の原因に該当するかを具体的事実をもつて明確にしなければならないところ、申立人は、文書提出の義務の原因について申立書に「本案事件の請求原因事実に対し相手方がそれを争う以上、……その六枚を裁判所に提出し、その対象範囲及び程度などをチエツクしてもらう必要がある。」などと記載しているが、右記載内容のごときが民訴法三一三条五号にいう文書提出義務の原因たり得ないことも、また論をまたないところである。

2(一) 仮に、本件文書提出命令の申立てが民訴法三一三条の方式を充足していると解するとしても、本件図書削除処分の対象となつた文書が、民訴法三一二条各号所定の文書に該当しないことは明白というべきである。

(二) なお、右の点について若干ふえんすると次のとおりである。

民訴法の各規定は、行政事件訴訟の性質に反しない限り行政事件にも準用されると解されている。

ところで、もし本件文書提出命令の申立てが認容されて、文書提出命令が出され、相手方において当該文書を提出した場合、徳島刑務所長が拘禁の目的に反しかつ監獄の紀律に害あるものとして判断し、閲読不適当としてなした削除部分を同刑務所の収容者である申立人に開示し、閲読させることになる。

そうすると、監獄法規が監獄に収容されている者に対し、拘禁の目的に反せずかつ監獄の紀律に害のないものに限り、文書図画の閲読を許すこととした法意は全く没却されるのみならず、処分の取消しを命ずる終局判決ではない文書提出命令という単なる証拠決定によつて、本件図書削除処分は実質的に取り消されたと同じ結果を招来することになる。

しかし、本件図書削除処分は行政処分であるから、いわゆる公定力を有するところ、このような行政処分は当該処分が当然に無効である場合を除いては権限ある行政庁により適法に取り消されるか、又は裁判所の執行停止決定(行政事件訴訟法二五条、以下「行訴法」という。)あるいは取消判決(同法三三条)によらない限り、その処分が取り消されたりその効力を停止されたりすることはないのである。このことは執行停止決定でも処分取消しの終局判決でもない文書提出命令という証拠決定によつて、行政処分である本件図書削除処分を実質上失効させることは許されないということを意味するものといわなければならない。換言すれば、裁判所は本案事件の訴訟物つまり本件図書削除処分の違法性の存否につき、積極的判断をしたと同じ結果を招来するような文書提出命令をなすことは行訴法上許されていないものというべきである。

そうであるとすれば、本件文書提出命令の申立てに対し、その提出を命ずる決定をなすことは行政事件訴訟の本質に反することは明らかであるので、行訴法七条に基づく民訴法の準用はなく、したがつて当然のことながら、文書提出及び文書送付の嘱託に関する民訴法三一二条ないし三一九条の適用ないし準用はないと解するのが相当である。

3 よつて、以上述べたところから明白なように、いずれとするも本件文書提出命令の申立ては不適法といわなければならない。

三 丙申立てについて

1 右文書提出申立書記載の文書提出義務の原因が民訴法三一三条五号にいう文書提出義務の原因たり得ないことは、前記一の1記載のとおりである。

2 申立人は、「ワールド映画」昭和五六年八月号及び丸山友岐子著「逆うらみの人生」の提出命令を申し立て、証すべき事実として申立書に「閲読不許可本続出の事実。」と掲記している。

しかし、本案事件の訴訟物は、本件図書削除処分の違法性の存否にある。したがつて、申立人の申立てに係る右各文書の存在及びその内容は、本件の訴訟物つまり本案事件における訴訟上の請求とは何らの関連性もない。

3 よつて、本件右文書提出命令の申立ては、その方式を具備せず、かつ、その必要性を欠くことが明白であるから却下を免れないというべきである。

四 以上に述べたところから、本件各文書提出命令の申立てが不適法であることは明白であるが、念のため右申立てに係る各文書が民訴法三一二条各号に該当する文書でないことについて、更に次のとおりふえんする。

1 本件文書提出命令の申立てに係る各文書が同条二号及び三号所定の文書に該当しないものであることはいうまでもない。

2 次に本件申立てに係る各文書が同条一号所定のいわゆる引用文書に該当するか否かについて検討する。

(一) 乙申立てについて

(1) そもそも同条一号該当文書の所持者が当該文書につき提出義務を負うものとされるその趣旨は、当事者の一方が自己に有利に訴訟を追行するため訴訟において積極的に特定の文書を引用したときは、その当事者はもはや当該文書を秘密にしておくことの利益を自ら進んで放棄したものとみることができるから、このような場合には、当該文書を相手方当事者たる挙証者に利用させることが公平であり、かつ公正な裁判制度の運用にも資することにもなるというにある。換言すれば、当事者が秘密保持の利益を進んで放棄しない文書についてまで、挙証者のために当該文書を提出する義務を課することが妥当でないことは多言を要しない。このことは、同条一号にいう「引用シタル文書」の方が同条二号あるいは三号にそれぞれ該当する文書よりも提出義務を課せられるかも知れない当事者にとつては、秘密保持の必要性が高いであろうことを考えると明らかである。

したがつて、同条一号の「引用」とは、文書の内容を引用しただけでは足りず、文書そのものを証拠として引用することを指すものと解すべきである。仮に「引用」の意義につき、自己の主張を明白にするために引用すれば足りるとの立場によるとしても、右に述べた趣旨から少なくとも「引用シタル文書」というためには、訴訟において文書の内容につき積極的に言及した場合であることが必要と解すべきである(東京高裁昭和四〇年五月二〇日決定・判例タイムズ一七八号一四七ページ参照)。

(2) そこで、申立書(二)記載の各文書(以下これを「本件文書」という。)についてみる。

いうまでもなく本件文書は、本件図書削除処分の対象そのもので、本件文書を切離してはそもそも右処分はあり得ないのである。その意味で本案事件は、いわば本件文書に表現されている思想の評価、換言すれば本件文書の内容が審理の対象にならざるを得ないものである。それゆえ、相手方としては、申立人がアクシヨンカメラ九月号中に記述されている特定箇所について相手方のした削除処分の取消しを訴求してきたことから、同処分が適法であることを主張するために、必然的に右削除部分に表現されていた思想の内容に言及せざるを得ない立場にある。そこにはもはや相手方は、本件文書を引用するしないの自由、つまり引用するかしないかの選択の余地は全く残されていないのである。

けだし、本案事件訴訟において右削除部分に表現されていた思想の内容、すなわち本件文書の内容に言及しないでおくことは、とりもなおさず当該削除処分が適法であることの主張を尽さないこととなり、その結果本案について敗訴することが確定的であることを意味するからである。

したがつて、本件のように、審理の対象と文書が不即不離の関係にある場合において、主張、立証責任との関係からその文書の内容に言及せざるを得ないような場合には、民訴法三一二条一号の要件が予定している積極性はないと解すべきである。

この点、例えば税務署長が更正処分等の取消訴訟において主張を明らかにし、かつ更正処分等の基礎となる課税標準等の存在を立証するため積極的に言及した類似同業者の確定申告書等は、右処分が適法であることを主張し、かつ課税標準等の存在を立証するうえで他にも手段が考えられるにもかかわらず、訴訟の当事者である税務署長が訴訟を有利に追行するために特に選択して積極的に言及した文書である。ところがさきに述べたように、本件の場合は、本件文書が本件図書削除処分の対象そのものであることから、文書の内容が本案事件の審理対象とならざるを得ないので、相手方としては、処分が適法であることの主張を他の手段をもつてすることはそもそも不可能なのである。そこには、他の手段があるにもかかわらず、訴訟を有利に追行するために、当該文書の秘密保持の利益を放棄してまでして当該文書を訴訟において引用するという積極性(これがまさしく民訴法三一二条一号が予定するものである。)は存しない。

それに、相手方は、矯正施設としての規律保持及び矯正教化の目的を阻害するおそれありとして申立人に本件文書を閲読させないことを目的として本案事件を追行しているのであるから、本件文書についてその秘密保持の利益を自ら進んで放棄することなどあり得ようもないのである。

以上の点からしても、相手方が本件文書を訴訟において積極的に引用したものとは到底言い得ないから、本件文書が民訴法三一二条一号にいう「引用シタル文書」に該当しないことは明らかである。

(3) 文書の所持者に文書提出義務が認められる実質的理由は、訴訟両当事者の利益を比較考量して当事者間の公平をはかることにあると考えられる。

そこで、本件文書提出命令の申立てが認められた場合の当事者の利益状態を比較してみると次のとおりである。すなわち、

本件文書提出命令がなされることによつて、申立人が受ける利益は、本件文書(セツクス写真が中心であることは申立人も認めている。)が提出され、それを事実上閲読することにより自己の性的欲望を満足させることができるという点のみに過ぎない。これに反し、相手方においては、本件文書の提出を命ぜられ、その結果相手方がそれを提出すると、申立人は取消判決の確定を待たずに労せずして本件図書削除処分に係る本件文書を閲読し、その目的を達することになるが、そうなると、今後申立人は、図書削除処分を受けるや直ちにその処分の取消訴訟を提起した後、文書提出命令を申し立てることにより刑務所長のなす図書削除処分を容易に覆すことが法的に可能となるという極めて重大な不利益を受けることになる。そうすると、そのことだけでも拘禁目的や施設の正常な管理運営を害することが明白であるが、更に、このような結果が認められることになると、その波及的効果として他の受刑者も申立人と同様の手段により、いつせいに図書削除処分を争つて自己の欲望の満足をはかろうとするであろうことは、濫訴の弊がみられる徳島刑務所の現状にあつてはまことに見やすい道理である。そうであるとすれば刑務所その他の矯正施設においては、施設の長はもはや図書削除処分を行うことが現実的に不可能となり、かくては受刑者の教化を目的とする施設の管理運営が、著しく阻害されることは火を見るより明らかである。

以上のような申立人の性欲を満足させる個人的利益と、矯正施設の管理運営の支障という公共の利益とを比較考量すると、本件文書の提出命令を認めなければならない実質的理由は全くないというべきである。

(二) 甲、丙申立てについて

申立書(一)、(三)記載の各文書は、相手方がこれらを本案事件において全く引用しておらず、民訴法三一二条一号にいう引用文書に当たらないことは明白である。

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